860.老後のお金

今朝のテレビで老後のお金について特集していました。
これからの試算をする計算式があり、ファイナンシャルプランナーの女性が、病気になるかも知れないから沢山残そう、という暗い予測でなく、明るい老後をイメージしましょうというようなことを言っていました。
いやいや、もしも、という時の心の準備は必要ですと言いたくなりました。
もし若年認知症になり、介護を受けるようになったら。
いろいろな補助制度を娘さんが知らずに介護を続けたら・・・。
特養に入ることになったら。
大部屋でなく個室しかなかったら・・。

859.金目を煮る/検査結果

大きな金目鯛が安くなっていたので、煮付けにしました。
フライパンから尻尾がはみ出るほどの大きなサイズ。
半分残そうと思いつつ、おいしくて一人で完食でした。

数年前、火災の直後でしたが、主人と二人で熱々の焼き魚をハフハフ言いつつ「美味しいね」「美味しいよ」と言いながら食べたことを思い出します。
骨もものともせず。
その頃娘に、私一人で自宅で介護は無理ではないかと言われていました。
「二人で食べるお魚が美味しいって言ってる場合ではないと思う。 今度はママが倒れる番だと思う」と。

現在こうして何も食べられない主人の状態を思うと、あの頃美味しいものを一緒に食べておいてよかったと思います。
味覚がおかしかったはずなのだけれど、「美味しい」という感覚は真実だったのだと思います。

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昨日、主人の先生に検査結果を聞きに行きました。
先週の胃ろう交換の入院の際いつものように諸々の検査を受けたのです。

胸のレントゲン:昨年12月のと比較すると、痰が少ない。昨年のは気管に痰が溜まっているのが写っている。
肺の死腔的なものはあまり変化していない。
左は薄くなっていて、右は変わらず。

頭部MRI : 硬膜と脳の間の水は減っていない。脳の内側の空洞が広がっているが水は吸収されない。
脳幹を圧迫すると命に係わる。
「水頭症だね。(以前)水は抜けないって言われたんだよね」(一昨年、大学病院にて)
「はい、シャント手術をしても感染症のリスクが高すぎるということで」

抵抗力が無いので気をつけないと、と。
そして「あと5年・・10年くらいかなあ・・・」と声を落として言われるました。
私はむしろ、5年、10年も生きられるのかと驚いたくらいでした。
「半年後もわからない、年内まで大丈夫かしら、と思っています」とお話ししました。

858.国民共済

国民共済の契約期限とカバー内容、請求について電話でいろいろ確認。
11月11日で70歳になるが、契約は来年1月31日まで。
それを過ぎると保証金額が激減する。
解約はすぐにできる。
★今年2月1日から入院1日でもカバーできるようになった。
先週の胃ろう交換の入院もOK。
「代筆」について説明あり。「本人記入不可につき妻●●代筆」+認印捺印。
現状の主人の障がいへの補償金を受け取った所で契約が終了する。
胃ろう交換入院は12月にもう一度ある。

これから支払う掛け金と、胃ろう交換の入院に対する補償を比較すると、マイナスになるのだけれど(差額ベッド代もあり)、この先1月31日までに、どんな理由で入院するか不明なので、それまでは解約しないことにする。

数年前、保険会社とのやりとりで、本人でないとできないことや、私が長年知らなかった事がいろいろあって苦労したので、しっかりせねば、と思ってきたけれど、今回また痛感。
補償内容が変わっていたなんて見落としていた。


ぼおっと生きていられません。

857. Web のことスロープのこと

小さな女声合唱団に入っていて月に一回練習していましたが、コロナで練習もできないので、最近 zoomでの練習の試みが始まっています。
でも参加しない人達も数人います。
特にその中のお1人はご主人が認知症の診断を受けたばかり。
三十年にわたる長いお付き合いのある先輩です。

参加できない人達の気持ちを考えてしまいます。
個別の電話もじっくりお話を聞けて、いいものだと実感しています。


今日見た防災番組で、大水を体験した介護事業所の女性が、高齢者用の共同住宅を作ったことを伝えていました。
二階建て。
階段を上るのは困難なので、二階へは外の歩道橋から長い長いスロープを歩いて住居者が上がっていける驚きの仕組み。
工事費用600万円を、モデル事業として国からの補助で賄ったということ。

少しずつとぼとぼ歩いていれば家にたどり着くなんて、ほほえましいなあ・・。

自分の次のことも考えておこう・・。



856.胃ろう交換終わり、退院

昨日胃ろう交換した主人が今日退院しました。
コロナ対策のため、普段は複数ある出入り口が封鎖され、正面玄関一つのみ使えるようになっていました。
受付でピッと器材を向けて体温を計って貰ってから入ります。

院内はかなり人が少なく、普通ではない感じがしています。
エレベーター近くまで、ストレッチャーを押して、施設のスタッフさんが二人、迎えに来てくださいました。
空のストレッチャーを病院の看護師さんがエレベーターで上の階に運んで、主人を乗せて降りてきてくださいました。
通常なら皆で上に上がるところです。
施設も病院も、絶対にコロナ感染者・発症者を出してはならない、という空気があります。

別れ際、これまで通りずっとラジオを流してもらえているか、確認しました。
今日は主人を乗せた施設の車を見送る所で終わりでした。

午後は数か月ぶりに電車に乗って息子に会いに行って来ました。
何よりも大切な時間です。

855.胃ろう交換の入院

半年に一度の胃ろう交換で主人が今日から一泊二日で入院しました。
今回はコロナの影響で私は病院へ同行しなくていいと、事前に特養の相談室長さんから伺っていました。
昨日再確認のため電話をしましたが、室長さんはご不在で、代理の方が、それでOKと回答くださいました。

でも今朝室長さんから入院のお知らせの電話があったので再確認すると、行かれそうなら行ってくださいとのこと。
マスクだけ着けて病院へ急行。
手続きをしました。

相談室長さんのはからいで、思いがけずディスタンスを保ちながら面会させていただいて以来のご対面でした。
顔の艶も良く、元気そうでした。
というか元気に横になっていました。

もみあげがかなり伸びていました。
いつも私が髪を切っていたし、スタッフさんも忙しいはずなので、仕方のないこと。

今日の同行者は主人と同い年の看護師さん。
「マスクしてるから眉毛だけ書いて、メイクも全然していないのよ」
「私もです~」という会話。
廊下のソファーには一席おきに✖印のテープが貼ってあるので、それを守りながら。

いつものように、胃ろう以外に各種検査をやって貰えました。
痰の培養の結果が出るまで時間を要するので、全ての検査結果を来週ここへ聞きに来ます。
長いこと外部からのマッサージも口腔ケアも受けていないので、緑膿菌はあるかも知れません。

CTや心電図には付き添いましたが、上のフロアの病室へは同行できませんでした。

この病院で集団感染でも発生したらおおごと。
この病院は特養と同じく生命線です。

854.家族会中止

毎月1回、午後にデイで開いている家族会は、今月も中止となりました。
同じ日の午前中に前頭側頭型認知症の家族会も開いていますが、そちらも中止です。
蜜を避けることはまだまだ意識していく必要があると思います。

前頭側頭の遠方の人と数年ぶりに電話でお話ししました。
一人で出かけては社会的な迷惑行為をして奥様を困らせていたご主人は、特養に入所されていました。
奥様はご高齢でご自分の健康管理に気を付けなければ、と。
主人の現状に驚かれていました。
今日は父の日でしたが、何もしないままでした。

853. かゆみの感じ方

今住んでいる家の雑草抜きを毎朝15分くらいやっています。
元住んでいた家の方にも毎日夕方行っては枇杷の実を採ったり雑草を抜いたりします。

短時間でも蚊に刺されたりあちこちかゆくなります。

思い出すのは主人が元気だったころ、裏の椿に付いた毒蛾に刺されて腕が赤くなっているのに、「刺されちゃった」と言いつつぼりぼり掻いていたこと。本当はそんなものではないはずなのに、大丈夫なのか心配しながら、感覚がマヒしているのか、かゆみをあまり感じない体質なのかと思っていました。

今にして思えば、あれも前頭側頭葉変性症の前触れだったのかも知れません。
味覚以外に、暑さ寒さの認識もおかしくなっていました。

コロナの症状の一つに嗅覚や味覚の異常が示されていました。
やはり主人のことを思い出しました。
脳に何かが起きて五感が働かなくなっていた。

コロナでなく認知症の面からの研究はされていないのでしょうか。

852.家のこと

新築する家の間取りを決めた所で、しばらく工務店さんとのやりとりがストップしていました。
コロナの影響で色々なるのかなと思いつつ、先週金曜また流れが再開。

20年ほど前に建てた時の図面や契約書が奇跡的に残っているのです。
改めて見直すと、主人の赤字で色々な書き込みが。

主人の実家の庭に建てるということで、
私の希望は大まかにいえばキッチンとダイニングの場所、脱衣室の棚の扉のことぐらいで後は義父と主人にお任せでした。
床や壁、照明や襖の柄、カーテン等はもちろん主人と二人で選びましたが。

今振り返ると、仕事でとても大変な時期に、急な決定で、こんなことをよくやり遂げたなあと思います。
義父も主人も理系で緻密で几帳面で、やるとなったら徹底的にやる性格だったので、主人の病気の一因にはそういうこともあったのではないかと思ったりします。
家が完成したらガーデニングや町おこしにはまってしまった主人は、病気に向けて邁進してしまったのかなとも。

今の私はマンションにでもさっと引っ越してしまえば簡単なのだけど、土地を売却することはできず、同じ場所に建てるしかありません。
1人でいろいろ決めていくのは不安でもあり重いのですが、主人の書き込みの文字を見て、相談するつもりでやっていこうと思います。

同じ病気のご主人のいる人が、「どうしても家を改築する」と言い張るご主人の症状に負けて、自宅を建て替えたことがありました。
奥様は、建て終わったあと体調を崩してしばらく寝込んだと言っていました。
そういうこともあるだろうな・・と思います。


義父から受け継いだ隣の土地を主人のきょうだい皆で売却する時、同じ病気のご主人がいて同じ体験をした方に電話相談をしたことを思い出します。

じかにお会いしたことのないご夫婦です。
今、どうされているのだろう。

851.南部せんべいを買う

地元のスーパーで南部せんべいの安売りが出ていたので買いました。

主人がデイに通っていた頃、ふとしたきっかけからお煎餅とチョコレートのスイッチが入ってしまいました。

毎日毎日私の顔を見ると「お煎餅とチョコレートをくださいよ」と催促するのですが、塩分過多を避けるため南部せんべいを買っていたことがありました。

南部せんべいを齧りながら主人がデイの駐車場で向こうの車に乗り換えるとき、スタッフの女性が「あ、いいな~~、南部せんべい!」と言ってくれたことが嬉しかったのを思い出します。
「食べ物を持ち込まれては困ります!」というようなことを言われず、ありのままを受け入れてくれた人たちに感謝です。

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850.鉄道事故

昨夜のNHK「逆転人生」で、鉄道事故のご遺族(故人のご長男)が登場されていました。

事故から収束まで8年という事実に、重いものを感じました。
8年の時間は家族にとってどれほど長いものだったでしょう。

その日、うとうとして父(当時91歳)の外出に気づかなかったという母は当時85歳。
何歳までご存命だったのでしょう。

これをきっかけに、町の人たちや子供たちが、徘徊中のお年寄りに声をかけたり、行方不明になったら皆で探すという動きが出てきたとのこと。

主人も毎日出て行っていました。
電車に乗ってしまうこともなく、信号は几帳面に守り、道は間違えないという習性がありました。

でも一人でふらっと道路を渡る若年認知症の人は多いと思います。
徘徊には見えない人なので、道行く人は誰も心配しない。

そういう認知症の人が突然道を渡り始め、運転者が急ブレーキをかけ、ハンドルを切ることで、近くにいた通行人が事故に巻き込まれたら・・・。
私は二重ロックで主人が出られないようにしましたが、あの頃はそうすることがベストだったなあと思います。

番組では、若年認知症になった奥さんとご主人が紹介されていました。
一緒に散歩していても一瞬目を離したすきに見失うことの恐ろしさを、奥さんを介護するご主人が語っていました。
それこそが元気な若年認知症の人の困難だと思います。

https://www.min-iren.gr.jp/?p=35622

849.精神の医療費助成受給券

精神の医療費助成受給券は特養に預けてあります。
先日、市から郵便でその期限が1年延長になったという書類が来ました。
私はそれをきっかけに手帳の更新延長の手続きに行ったのですが、昨日特養から電話があり、預けてある受給券にも「一年延期」のハンコが必要だと言われました。
「手帳の延期の時に、受給券の延期も担当者が言ってくれると良かったのですけどね」と電話の事務の方が言われました。
たしかにその通り。
でも私もうっかりでした。

受給券は明後日にでもうちへ郵送され、私はそれを役所に持参して、ハンコを貰って特養に送ることになりました。

一昨日アベノマスクが2枚届きました。
10万円の受給申請書はまだ届きません。

848.認知症本人の感覚

私は昼寝はしませんが、子供の頃、昼寝をして起きると、「ここはどこ?」「今何時?」と『今』がわからなくなる感覚を持った記憶があります。

認知症の人は「寝起きのような状態」にある、と聞いたことがあります。

確かに私達が夢の中で「ここは●●だ」と思っていたら他の人に『ここは▲▲だよ』と言われて、ああそうなのか・・・と思ったり、娘が現れると、そうか息子もここに来るのだな」と脈絡なく想像したり、信じたり想像したり疑ったり願望を持ったり。
夢に出てくる家族も、現在の姿ではなく数十年も前の姿だったり。

それでも自分なりに精一杯考えて行動している、ということと同じなのではないかと思うのです。

認知症の人はこういう気分で生活しているのかも知れないと思います。

デイサービスに行っている間も「今からどこへいくの?」
「その人達は誰?何なの? 僕はそんな人たちは知らないよ」
「ごはんは何時に食べるの? 自分の分は貰えるの?」
「皆、いい人達らしい」
「何時までここにいるのだろう?」という自問自答の連続なのだと思います。

皆で他のデイに餅つきに行ったけれども主人は餅つきには興味がなく、さっさと外へ出てしまった。
連れ戻したら、お餅はよく食べた。
そいうエピソードもありました。
餅つきをする必然性が主人にはなかったので、帰りたかったのでしょう。
連れ戻されて、お餅をふるまわれたら、喜んで食べたのでしょう。
当たり前のことでした。

お餅を食べたことは忘れてしまったでしょう。


847.タイタニックの映画

数日前ある讃美歌をyou tubeで聴きました。
これは映画「タイタニック」の中で沈む船の中で楽団が最後まで演奏していた曲・・として登場するそうで、沈む船での乗客や乗組員の最期の場面にこの曲が流れていてじいんときました。
それで主人が元気だったころ、
「ねえ、一緒にタイタニックを観ようよ」と言われたのに「あとでね」と受け流してしまったのでした。
主人は白い壁をスクリーンにして映画を観られるように細工をしていました。
あの時一緒に観ればよかった・・・と思いました。

そのDVDは、今もすぐそこにあります。
「観ればよかった」と思い出して「今日の午後はこれを観よう」と思ったのに、午後には観るのを忘れました。
(多分事務処理を一生懸命やっていて・・)
それで主人も一緒に家族全員で旅行に行こうとしている、という夢を見たのかも知れません。

このことを今朝投稿したはずなのに、保存されていませんでした。
私もそろそろ危ないかも・・。

846.旅行に行く夢

夢というのは目が覚めてしばらくは鮮明に覚えているのだけれど、時間が経つと薄れてしまう。
あんな夢を見たのはきっとこんなことがあったからだ、と推測したり納得したりする。
けれども最近は夢の内容も、その夢の理由もあっと言うまに忘れてしまう・・。

今朝見た夢も、起きた時は『夢だったのか、きっと前の日にこんなことを思ったからなのだ』と心当たりが。
これは書いておかないと忘れるかも・・と思っていたらやはり忘れてしまった・・。

夢のラスト部分は。
私が大きな荷物を持って(背負って?)順番を待っていると、数人離れた所にいたおじさんが何かと話しかけてくる。
そこへ空港の飛行機出発のアナウンスが。
私が乗るのはどこの航空会社なの? と主人に聞こうと振り向くと、他の乗客に混じって娘がにこにことこちらへ歩いてくる。
小学生か中学生、今の年齢くらい?髪を後ろで一つに縛ってリュックを背負っていたかスーツケースを引っ張っていたか(もう忘れた💦)。
ああ、家族4人で行くんだ、息子も後から姿を現すのかな?

パパは? もったいぶって一番後からやってくるのかな?
という所で目が覚めた。
どこへ行く予定だったのだろう?
夢の理由は?

年金や社会保険料の通知や通帳などを長時間見続けるとこういう夢を見るのかな?

娘が「みてね」のアプリで孫の写真を送ってきたから?
実家の母に孫の写真をどっさり送ったから?
具体的な理由を今朝は知っていたのだけど・・。

長谷川先生が自著に書いていらしたように『午後になると確かさが薄らぐ』ということ・・。

845.庭木の伐採

家の再建に備えて、伸びすぎた木や物置を覆う蔦の伐採を植木屋さんに頼みました。
1本いくら、という計算で昨日と今日で仕上げてもらうことに。

今日はその作業の2日目。
現場の確認と説明がてら、家の前の蔦も刈り取ってしまおうと思って、植木バサミが見つからないので今日ホームセンターで買って、
お昼前に行ってみると・・何ということでしょう!お願いしていなかった所もすっかりきれいに刈り取ってありました。
予算内で、です。

2年前にもお願いしたことがありましたが本業はお花屋さんだそうで、このシーズンはコロナで大変な様子。
母の日が終わったらということでしたが、きっと張り切ってやってくれたのかなと思います。
感謝感謝・・。

昨年の台風で傾いたボローニャも抜いてもらえました。
ゴールドクレストが1本枯れて、それも植木屋さんの提案で抜いてもらいました。

毎年この木に巻き付いて白い鳥のように花をつけるクレマチスも一緒に枯れてしまったようです。
何があったのか。
ヤマモモ、エゴノキなど、これまで知らなかった木の名前も教えてもらいました。
留守にしていた間、家の前の植え込みで勝手に芽を出してぐんぐん大木になってしまった南天とムクゲを私が一昨日切り倒してあったのですが、その枝も、処分を引き受けてもらえました。
短く切ってごみ収集に出そうと思っていたのですが助かりました。

明日は家の前の雑草を抜きに行こうと思います。
物置の中の整理もそれからです。
暑くなる前に。

844.確定申告

諸事情で提出がストップしていた確定申告。
予約制につき、今朝ようやく予約が取れて申告書を出してきました。
自宅でパソコンでできればいいのですが、毎回相談員さんと確認しながらやりたくて、今回も現場で確認してもらってからパソコン入力しました。
必要書類やその提出方法も年々変わるのと、主人や私の事情も変わるので、やはり来年も窓口へ行こうと思います。
今日の担当者は若い女性で、本当に感じのいい落ち着いた人でした。
こういう人と接することができたのが今日の収穫だ、と税務署を出るときに思いました。

843.診察券/長谷川先生の本

手帳の更新のために窓口へ出向いたのを機会に、これまで大切に残してきた各種受給者証を整理しました。
そして、マチのたっぷりある診察券&保険証ケースの中を見直し。

主人の大量の診察券は、これまでの11年がただごとではなかったことを物語っているようにも。

なかなか本を読めなかったのですが、途中でストップしていた長谷川和夫先生の本を読み終わりました。
テレビで見たお姿も、この本にある言葉も、体を張って取り組まれた研究や生き方を伝えています。


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842.手帳や受給者証

いつのまにか溜まっていた受給者証や受給券、お薬手帳。
自立支援は使わないので、必要なことは書き留めて、古いものは処分しました。

いくつかのカードを開くと、いろんな病院や薬局の名前が手書きで書き足されています。

デイのお出かけ先で倒れて遠い病院に担ぎ込まれた。
その時私は都内で体験談を語る日で、連絡を受けて急遽私の順番を先にしていただいて
話し終わったら飛んで帰ったのでした。
息子も遠くから駆けつけて。

コロナの感染で普段以上の入院患者が発生している今、健康保険は破綻しないのか
気になります。

民間の医療保険特約等々の制度も、対応や処理ができるのだろうか・・・?

役所へ足を運んだり、病院へ診断書を申請しにいったり、出向く作業は郵送で間に合うのか。
高齢者はちゃんとやっていけるのか。
県をまたがずに娘や息子に来てもらわずに、一人で対応できるのか。

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841.クレジットカードと手帳のこと

年金の疑問が解決したのに続き、クレジットカードのことで確認したいことが発生。
最近明細書が郵送されてこないような気がして、電話をすると、主人が電話口に出ないとだめだと言われました。
最近カードの更新について問い合わせた時も同じことを言われましたが、事情を話すと上司と話し合って対応してくれました。
今回の人はちょっと難しかった・・・。
とにかく、主人でなければいけないことの壁が、やっぱり時々立ちふさがる。
WEBの登録をするのも、私の番号、私の名前、私の生年月日でやってみたのだけれど、うまくいかず。
主人の新しいカードを取り出して情報入力すると、さっさと通過。
何でもがんがんやっていた主人が今は何もできなくなって、私が綱渡りで渡っている感じ?

主人は今何を思っているのだろう・・・?

今回はまあいいかという感じで解決したことにしました。

それと精神障碍者手帳の更新は1年延期となりましたが、郵送の繰り返しが必要なので、思い切って窓口へ出向いて申請を済ませてきました。
有効期限は2年後。
ですが、1年後がコロナによる延期の期限なので、それまでに主治医の診断書を持って行くことになります。
その時には精神と難病の診断書も書いてもらえることと思います。

自立支援は今回で見送りました。

移設で粛々と日々のお世話を受けること。
それが今何よりなのだと思います。